移転のお知らせ
都合により、下記のURLに移転することにいたしました。
ひきつづきご笑覧いただけたら幸いです。
尚、このブログはしばらく置いておきますので、必要があればご参照ください。
ありがとうございました。
バラが3鉢 [バラ]
8号スリット鉢のバラです。
右が自作 のマルチマット。中央が根巻用の麻布をマルチにしたもの。左がフトミミズ糞と日向軽石をメインにした鉢土。
鉢土にはフィルムの空きケースを埋めています。芽が動いてきたらそれを抜いてボカシを入れます。そんなことをしなくても鉢土に置けばよさそうなものですが、ひとひねりしたくなる性格で、こういうことをして効果があるのかどうか、知りたいのです。空きケースは○ドバシカメラのDPEコーナーからもらってきました。
マルチマット は商品化もされていますが、自分でも簡単につくれるので、椰子マットを買って切り抜きました。10号鉢のサイズで4枚とれますから、1枚が100円以下になります。
根巻用の麻布はホムセンで「根巻四角布」として売られていました。1メートル四方で50円。織り目が粗いので2枚重ねにしています。
マルチマットの上から灌水しても鉢土には均一に水が行きわたらず、ムラができます。麻布は水をはじいてしまいます。それでもしないよりはマルチをしたほうがよさそうです。何より灌水の回数が減らせるし、鉢土も肥料も直射日光に晒されません。園芸はすべからく手抜きでいきたいもの。
古いレンズ があるので、重い腰をついに上げてデジカメ(ボディのみ)を買いました。マニュアルを読むのが億劫な歳になりましたが、悪戦苦闘して何とかブログに絵を貼り付けることができました。
古いレンズでは自動測光ができないので、20年前まで使っていた単体露光計をひっぱり出したところ、問題なく作動してくれたのにはビックリ。買ったのは30年も前なのです。アンティークカメラを操作しているようなレトロな感覚で撮影しました。難点は被写界深度の確認ができないことでしょうか。
とても狭い庭なのでアングルに制限があり、お見苦しいとは思いますがご容赦ください。
写真は左から、セプタードアイル、シャリファアスマ、ヘリテージ。セプタードアイルは芽がまったくありません。どうなっているのでしょう。
永田議員とハインリッヒの法則 [世相ぶった斬り]
国会 はひとりの議員の思いこみにより、本来の議論ができないまま予算案が通過してしまった。
いいかげんに終了させてしまわないと、逆に自民党に反作用がかかりかねない。行きすぎたものには必ず揺り戻しがあるからだ。
永田議員 には過去に4回の懲罰動議が出されている。それを知って、産業災害の法則である「ハインリッヒの法則」を思い出してしまった。
ひとつの重大な事故の背後には29の小さな事故があり、その背景には300の小さなミスがあるという法則である。
偽メール事件はひとつの大きな事故である。過去の懲罰動議は29の小さな事故のうちに含まれる。その背景には、数々の失言や失態があったのではないかと想像される。
医療事故もそうした小さな事故やミスがたくさんあって、それを看過してきた末に重大な死亡事故が発生する。人命がかかっている仕事にこのような事故は許されないことだ。
ハインリッヒの法則 は産業災害に限定されるものではなく、日常的にどこにでも適用できる法則である。これからしても「天網恢々云々」という老子の言葉に深い意味を認めざるを得ない。
民主党執行部 の危機管理能力云々ということが盛んに言われているけれど、執行部には単に経験と智慧がなかっただけの話である。老練な議員なら当然気づいている低次元の話なのだ。
他人のことを 云々する前に、自分のオッチョコチョイもよく反省しておかなくてはならない。
今日車の定期点検が終了したあと、費用のお釣りをもらわないですぐに帰ってしまった。何か変な終わり方だと思いながら信号待ちをしているときに気づいたのである。すぐディーラーに引き返したが、やはり自宅に電話を入れてくれていたのであった。
こういうことが重なって重大事故を起こさないよう、何事も慎重に確認していかなくてはならない。
積算温度 [バラ]
一部地域 のソメイヨシノの開花予想日が発表された。
この冬は寒さが厳しかったから、植物の休眠打破が促されて早く咲きそうだという。2月の気温は平年を少し上回ったが、寒暖の差が大きく、暖かかったという印象はない。
拙庭の花壇 では1月末にスイセンの芽が出たし、今は原種を含めてチューリップが芽を見せ、一部のムスカリも芽をのぞかせている。雑草のように生えてきたカモミールもロゼット状のまま冬を越した。
9株あったアシタバは半分が冬の寒さで腐り、今は4株が辛うじて青い葉を出している。1年目は収穫せず2年目から若い茎を切り取るというので冬越しさせたが、低温で腐ってしまうようではこの地に向かない植物なのだろう。
太田愛人氏 の本に触発されて去年もルバーブを植えたが、初夏になったら腐ってしまった。その前に植えたものは一度収穫できたのでジャムをつくってみたが、その後腐ってしまった。シベリア原産のこの植物は暑い地域での栽培は無理のようだ。
ソメイヨシノ は2月1日からの最高気温の積算が600℃に達したら開花すると言われている。本当にそうなのか、確認してみることにした。
計算は簡単だ。平均、最高、最低気温を毎日グラフに記録しているから、エクセルの表に最高気温の累計の計算式を入れるだけだ。ちなみに去年の開花宣言日は4月14日で、積算温度は584℃。翌日に600℃を超えている。ずれても1日というところだろうか。
拙庭の花の開花も、その積算温度とどう関係しているのだろう。
去年の11月 に、ホムセンで2号のポットに3本の挿し木をしたママゴトのようなミニバラを買った。198円である。赤い花がひとつ咲いていた。
それを直径135ミリのスリット鉢に1本ずつ植え替えた。用土は自分の考えた配合であるが、鉢が小さいので日向軽石の代わりに小粒赤玉土を使った。これでしっかり生長できたら、おそらくふつうのバラも育つだろうと考えたのである。
1月には外から出窓に移したが、茎葉も鉢の直径を超えて大きくなり、蕾もできた。赤いものが見えてきたのでもうじき咲きそうである。底のスリットから根が見える。
うどん粉病が出たので米ぬかと牛乳でつくった乳酸菌を噴霧してみたが、200倍や100倍希釈では効果がなく、5倍希釈のものに黒砂糖を少し溶かしたものを噴霧したらやっと白いものはなくなった。こんなに濃いもので大丈夫なのだろうか。酵母菌のほうが効くという話もどこかで見たが、しぶとくまた出てくるのだろう。
それでいいのか蕎麦打ち男 [料理]
私のような団塊世代の男がずっと気になっている本は、残間里江子氏のこの本だ。
図書館で借りようとしても予約が次々に入っているので、いかに気になっている同年代が多いか分かる。
読んでもいない のに書くのは気が引けるが、都会に暮らす“上流社会”の中高年の生態観察記だという。私は今は都会に暮らしていないし、上流社会どころか下流社会の中高年だ。リタイアして蕎麦打ちや陶芸に打ち込むのはそう責められることではないし、濡れ雑巾のように何をするでもなく、無趣味に引退後の生活をしている人間とくらべたら、まだしも充実していると言える。
以前には魯山人 に夢中になって陶器店を覗いたこともある。単身赴任中は自炊を通し、業務用の調理器具を求めて合羽橋にも通った。ウナギ裂き包丁を買って生きたウナギを裂き、備長炭を熾してかば焼きを何度もつくった。スッポンもさばいて丸鍋をつくったし、1回分ずつ小分けして冷凍し常備菜にしていたこともある。料理書や専門誌もずいぶん買ったし、今でも『栄養と料理』は毎月購読している。料理のことを書けばきりがない。
今は時々 型に入れたドイツ風のパンをつくるが、「それでいいのかパン捏ね男」と、斜め後方から声が聞こえてくるような気がしないでもない。しかし、蕎麦打ちをしようと思ったことはない。
男が料理をすることは一生の快事だと考えている。自分で食事をつくれなくなった時が死ぬ時であると心得ている。
私は高級レストランに行ったり高級割烹に行ったりすることはできなかった。カネがないからだ。そういうところに行って勘定を見ると、この金額でどれだけの食材が買えるだろうかと考えてしまう。貧乏に育ったせいだろうか。料理の値段の3割が材料費というから、食べたいものは自分でつくるのがはるかに安くつく道理だ。
今は高級食材を買うようなことはないが、旬のカツオも1匹まるごと買えば安いし、2日に亘って妻とたらふく堪能することができる。ふだんの食事は質素であるが、時には安い材料で豪勢になることもある。料理ができるということは有り難いことだ。
酒にも うるさかった。
ワインについての知識がまったくなかったので、少し勉強し、小遣いで買える程度のワインをボチボチと買っていった。グレートビンテージではないが、シャトーマルゴーもある。その後にワインブームが起こり、もう高級ワインは買えなくなってしまった。ワインは台所の床下収納庫に入れているが、めでたいことがずっとないのでほとんどそのままだ。床下でも悪くはなっていない。
蕎麦打ち男諸君!
勢いをつけて、ふだんの食事もつくれるようになったら如何。自分のつくった肴で一盃やって、テレビに向かって悪態をついてみるのも愉しいものですぞ。
敵を侮るということ [世相ぶった斬り]
冬季オリンピック が終盤である。
メダル2個というスポーツイラストレイテッド誌の予想は、それさえ難しい状況になった。会期途中に松岡修造君が「こんなはずじゃなかった!」と書いた紙を背中に貼って出てきたときには大笑いしてしまったものだ。
過大な期待をかけて大騒ぎしたのはマスコミであるが、結果が期待はずれに終わったとしても、これで人が死ぬわけではないからいいのである。
「勝算我に在り」 と常に楽観的な見積もりをして大敗を喫しつづけたのは旧日本軍であった。
『満ソ国境処理要綱』をつくった辻政信は、彼らの立てた作戦で開始したノモンハンでの対ソ戦で、まったく同じ失敗を3度も繰り返し、数万人の死傷者を出してしまった。「まさかあのような結果になるとは思ってもみなかった」と彼の『ノモンハン秘史』に3度も繰り返し書いている。
日露戦争以来金科玉条にしてきた「奇襲攻撃」と「白兵戦」こそ必勝の戦術と信じ込み、それを繰り返すばかりの日本軍に対応策を講じたソ連側の戦備と志気、戦術を軽侮し、ソ連側の兵器大量輸送の情報も無視して、同じ戦術で兵士を逐次投入していったのである。
インパール作戦 の事前の兵棋演習はイギリス軍の抵抗がないものとして行われたので、当然日本軍が勝利してインパールは占領できた。それを見て牟田口軍司令官は「必勝の信念」が胸中にわき上がったという。「敵と遭遇すれば銃口を空に向けて三発射て。そうすれば敵はすぐ投降する約束ができているのだ」という、敵を侮って止むことのない慢心と無謀な長行軍が、あの白骨街道と呼ばれる悲惨な結果をもたらしたのである。
昔、野党の大内某党首が総選挙の開票前に「必勝の信念」と言ったのを見て、これは負けを認めたようなものだと思ったら、やはり大敗したのであった。「必勝の信念」は「必敗の偽装」なのである。
『三国志演義』でも敵を侮る言動は必ず負け戦になることの伏線となっているが、『孫子』を読めば、こうした日本軍の体質、思考回路、行動がことごとくその警告に反したものであったことが分かる。コリン・パウエルが座右の書にしている所以だ。
『韓非子』や『戦国策』 をはじめ、中国には古代から権謀術数の記録が多数あって、コミンテルンの指導ばかりではなく中国共産党の工作活動に深く影響を与えている。あの中坊公平氏でも、縦横家と呼ばれた説客の手法を活用して成功した。そうした歴史を背景に持つ中国の巧妙且つ陰険な外交戦術に、日本の知略なき外交が勝てるはずもない。
うやむやになっているあの上海総領事館員自殺事件はそういう意味でも古典的な手法の片鱗を露呈させたものであるが、その後の中国側の対応を見ても分かる通り、日本は御しやすい国として侮られているからこそ看過できない重大な問題なのだ。
外務省の会合や外交官が個人的に人と会う機会によく中華レストランを利用するのを、日本に来た欧米人が見て驚くという。信じがたい話だが、中華レストランはヨーロッパではかなりの高率で中国政府と関わりがあり、大使館の情報ネットワークになっているという報告があるというのだ。誰と誰が会い、どんな話をしたかという情報提供に協力しているのは欧米の中華レストランばかりではないと考えるのが自然だ。
歴代首相の師 と言われ、財界人の啓発をしてきたと言われる大物右翼であり陽明学者でもあった安岡正篤は、その漢籍の学識をその時代に活かしたからこそ影響力を行使できたのである。今の企業リーダーや政治家は『孫子』さえ読んだことのない人が多いと言われるが、企業も政治家も品格が低下してくるのは当然のことだ。
「敵に勝つことを知ることはできていても、勝ちを無理に作り出すことはできない」という一節が『孫子』にある。敵が勝つことのできないような隙のない態勢を取るのが戦争のやりかたであるけれど、堀江メール事件は、勝つべき態勢を整えることなく、敵を侮り、むりやり勝ちを作り出そうとしたかのようである。
ミミズ600匹! [ミミズ]
暖かくなった。今日の最高気温は8.7℃。
庭のシマミミズも動き出した。仕掛けていた罠には何匹いるだろうか。
EMで生ゴミ堆肥づくり をしていたとき、庭に埋めて2次発酵させているうちにシマミミズが大繁殖した。生ゴミがシマミミズのエサになってしまったのだ。ブロックピット方式のミミズコンポストのようになってしまったのである。
1次発酵の生ゴミと古土を混ぜて埋めると、数日して白い菌が全体を覆いつくし、発酵熱が40℃ほどになる。温度が下がり始めると、待機していたシマミミズは一斉に中に潜り込む。そればかりか、臭いを嗅ぎつけてアメリカミズアブまでやってくる。
堆肥を回収するときには、ミズアブの幼虫とミミズとその卵胞を選り分ける作業で疲労困憊。
去年の春の大規模修繕を潮時に生ゴミ堆肥づくりはやめてしまったが、庭に残ったシマミミズが厄介な事態を引き起こした。
雨が降ると エサを求めて徘徊しはじめ、バルコニーに這い上がってくる。この時には数百匹捕獲した。そして庭に置いた鉢にも入り込んだ。そしてたくさん並べた育苗ポットにも入り込んだ。腐葉土と有機肥料がミミズのエサになるからだ。
ミミズは鉢やポットの中で細かい糞をする。その微塵が根詰まりをひき起こす。鉢やポットの用土表目は乾いていても、中はどろどろの腐敗状態だ。萎れた苗の土をぶちまけてみると、ミミズが何匹も入っている。
シマミミズは堆肥の中で生きているから、庭や畑の土の中では生きられないというのが常識。ところが、腐植物のあるところではしっかりと卵胞を産んで繁殖する。ボカシなどもエサになるのだ。雨が降ると土の中から現れて、時々首を持ち上げながらエサの在処を探っている。有機物に繁殖した微生物からの信号をキャッチしているかのようだ。
『植物の神秘生活』に、植物は小さな生命の死にも敏感に反応するという研究成果が紹介されている。微生物のような微細な生物の死にも反応するというのだ。生物ばかりでなく、物質すべてが波動をもっていると言われるが、腐植物に繁殖した微生物が発する信号をシマミミズが受信してその方向に移動していくという想像は、あながち荒唐無稽でもないだろう。やみくもに徘徊してエサに遭遇するということはない。何らかのシグナルに誘導されて集まってくると考えるのが自然だ。
私はこの狭い庭に フトミミズを導入した。フトミミズはいいことをしてくれるばかりで悪さはしない。しかし庭のシマミミズは駆除しなくてはならない。コンポスト以外の場所にいてはならないミミズなのだ。NHKの「難問解決ご近所の底力」でもミミズはまだ取り上げていないが、庭のミミズで困っているのは私だけなのだろうか。
そこで考えたのが、罠をつくる作戦である。シマミミズはエサを求めて徘徊するのだ。エサがあればそこから移動することはない。だからエサ場をつくって罠にすればいいのではないか。
最初に思いついた のが、エサをカゴに入れておびき寄せる方法だった。
100円ショップで小さなプラスチックのカゴを4個買い、1個には牛糞堆肥、3個には馬糞を入れて、1坪菜園を2センチほど堀り、カゴを埋めた。馬糞も牛糞堆肥もシマミミズの好物である。
牛糞カゴには寄りつかなかったが、馬糞カゴには集まってきた。カゴをサッと上げるとミミズはサッと土に潜って逃げた。半身はカゴの中に、半身は土の中に置いていつでも逃げられる態勢にしていたのである。
次に考えた のが、落ち葉堆肥を仕込んでそこにミミズを集める方法だ。
桜などの柔らかい広葉樹の落ち葉を集めてあったので、それを土着菌入りの水に浸して柔らかくし、馬糞を混ぜてブロックで仕切った菜園の隅に縦長に置き、板をのせた。
2週間ほどして掘り起こしてみると、期待したほどミミズは集まっていない。そこで米ぬかを混ぜてみた。
米ぬかに菌糸が発生したころ、落ち葉堆肥にはミミズが増えていて130匹ほど捕獲できた。そのミミズは木製のミミズコンポストに入れた。しかし庭にいるのはこんな数ではないはず。
今度は別の場所にも落ち葉に米ぬかを混ぜて仕掛けた。
3週間経過 した。新しく仕掛けた場所で200匹ほどミミズが捕獲できた。米ぬかは菌糸で白くなっていて、トビムシが群がっている。そして最初に仕掛けたところを見ると、思いのほかたくさんのミミズがいる。しかも丸々と太っている成体が多い。落ち葉堆肥の中ばかりでなく、下の土の中にも潜り込んでいる。小さい幼体も見逃してはならない。今のうちにできるだけ捕獲しておかなければ、春にはたくさんの卵胞を産んで増殖してしまうからだ。落ち葉は腐植が進行しているので、春にはほどよい堆肥になってくれるのではないか。
1匹つまんではカウントしているうちに、ついに600を数えた。ジャムの瓶ふたつ分である。数万匹もいるミミズコンポストに入れて作業は終了したが、こんなことで本当にミミズの数は減るのだろうか。
昨夜は 懐中電灯で照らしながら、ビニールトンネルの春菊についた終齢ヨトウムシを3匹捕殺した。夜はさすがに中も冷え込むはずだが、耐寒性があるのだろうか、油断ならない。
ちなみに、アメリカミズアブは進駐軍の持ち込んだもの。沖縄からしだいに北上していき、今は東京周辺が北限だと言われる。ヒトスジシマカも東京あたりが北限だと言われていたが、どちらも疾うに東北に達している。私の把握している限りでは、アメリカミズアブは岩手県水沢市でも発生の報告がある。温暖化によってこれからもっと北上することだろう。
この程度の国民にはこの程度の政治 [世相ぶった斬り]
ニューギニア で新種の動物がつぎつぎと発見されているというニュースがあった。
ニューギニアと聞けば、「ラバウル天国、ビルマの地獄、生きて帰れぬニューギニア」という言葉をすぐに連想してしまう。
昔、仕事の取引先の60歳台の女性が「ボルネオに行ってきた」と言うので、思わず「遺骨の収集ですか」と聞いてしまった。そこで返ってきた言葉がふるっていた。
「あなた、戦争に行ったの?」
これでも私は戦後生まれである。彼女は観光旅行に行ってきたのだった。
私は、「列ぶ」という行為が本能的に嫌いだ。配給の品をもらうために列をつくった戦時中のイメージがどうしても消えないからだ。
自分で本を買う ようになるまで、育った家には本も雑誌もなかった。戦争に関する知識やイメージは、長じてから習得したものである。子どものころ見た映画の記憶も強く焼きついているのだろう。
私の父親は満州に従軍し、弾丸を受けて腕を貫通した。子どものときその痕を見せられたことがある。私が20歳のときに他界してしまったので、戦争の話はついぞ聞くことがなかった。
遠くない昔、勤めていた会社の経営のしかたに疑問をもちつづけていたときに、『失敗の本質』という「日本軍の組織論的研究」の副題のついた本に出会った。今から見ればそれほど大仰な研究成果ではなく、旧日本軍の失敗事例を個別に検証するというものだった。それでも、自分の会社が旧日本軍の、同じ過ちを繰り返して反省することのない体質と極めて酷似していることに驚嘆してしまったのである。戦争経験者がいるわけでもないのに、この帝国陸軍的体質が幅を利かせているのはなぜか。
こういうことを含めて会社の問題点に我慢ならなかった人たちは、「○○の常識は世間の非常識」と言って辞めていったのだった。
帝国陸軍的体質 の形成過程を比較的よく分析してみせたのは、防衛庁防衛研究所戦史室編の戦史叢書『関東軍1 対ソ戦備・ノモンハン事件』である。本当は負けていた日露戦争の総括なしに軍部の独走を追認していったのが誤りの道程であり、結果ではなく大言壮語だけが高く評価される、まさに「滅ぶべき組織」になってしまったのである。ガダルカナル戦もインパール作戦もその延長線上にある。
しかしこれを批判的に読んでいくためには、クラウセヴィッツまではいかなくとも、『孫子』や『呉子』を読んで、戦争とは基本的にどういうものかを知っておいたほうがいい。
昭和の初めから終戦まで のあいだに形成されてきた帝国陸軍的精神が日本人のDNAに組み込まれ、いまだにその呪縛から抜けられないでいるのだろうか。それとも、あの戦争を日本自身がいまだに総括していないという事実に深い根があるのだろうか。
熱狂的な小泉人気による総選挙圧勝と、つぎつぎに露見する不祥事や事件は、その根は同じところでつながっているような気がしている。熱狂のうちにあるものは、無知と勢いあるものへの同化意識である。不祥事の当事者について言えば、目先のものしか見ていないということだ。どちらにも共通することは、まさに「想像力の欠如」である。この想像力の欠如こそ、旧日本軍を特徴づけているものだ。
香山リカ氏は、最近の私たちは「短絡的な報酬を目指す(脳の思考)回路」しか稼働させずにものごとを考え、「長期的な報酬を目指す回路」を閉鎖してしまっているようだと指摘している。後者の長期的報酬を目指す脳の思考回路こそ、「想像力」と呼ぶべきものである。
戦後60年 を経過しても、あの時代の日本とは何だったのかをしっかりと総括しないかぎり、この国の未来はないように思う。昔ある政治家がいみじくも言ってのけた「この程度の国民にはこの程度の政治」が、いつまでもつづいていくようであってはならない。
バラの「とんでもない鉢土」 [バラ]
バラ愛好家 のあいだで人気の「スリット鉢」というのがある。商品名は「とんでもないポット」という。根が巻かないので根の張りかたが普通の鉢より格段にいいのである。
初冬に購入した2株のバラにはこのスリット鉢の8号を使っている。鉢土は私が配合したものだ。
マニュアル本 には、バラの鉢土は赤玉土6に腐葉土4を配合すると書かれている。牛糞堆肥を入れるというのも多い。いくつかの本を見たが、鉢土の材料や配合比率は大同小異だ。排水性、通気性、保水性、保肥性という相矛盾する特性を両立させなくてはならないというので、特性の違う材料を配合するのである。
バラを持っているわけでもないのに、私はマニュアル本に沿わないバラの配合土を考えてしまった。そうすると、配合土の有効性を確認するためにバラを始めなくてはならなくなった。これはまったくのところ、本末転倒だ。
バラの鉢土のメインはもちろんフトミミズの糞である。これを使ったバラの鉢土はどうつくればいいか。赤玉土は当初から念頭になかった。悪玉土という人がいるほど微塵になりやすい性質があって、あとの始末が悪い。机上で考えているうちに腐葉土も消えた。牛糞堆肥も使わないことにした。基本とされているこの3つは使わないことにしたのである。用意することにしたのは、日向軽石、竹炭、ピートモス、そしてゼオライトだ。
バラの愛好家には脱帽したくなるほど土づくりに研究熱心な人たちがいる。その人たちの成果も参考にして材料と配合を考たのである。もちろんフトミミズの糞を使っているモノズキな人はいない。
配合は以下の通り。
フトミミズの糞 4:中粒日向軽石 3:竹炭 1:ピートモス 2 ゼオライトを全体量の 5%
鉢底 にはバーベキュー用として安く売っているマングローブ炭を薄く割り、大ぶりに砕いたものを敷き詰めた。その上にフトミミズの大きな糞塊をざっと並べる。そこに配合土を入れるのだが、8号鉢で5リットル程度になる。
フトミミズの糞:小粒が5に中大粒が5の割合。あまり大きな糞塊は使わない。大粒ばかりだと隙間が多くなり、小粒ばかりだと通気性も排水性も低下する。
日向軽石:日向土という商品名でも売られているが、東北にはあまり流通しておらず、運送コストもかかるので安くない。私が見つけたのは何年も売れ残っているものだった。こちらに多い蝦夷砂や十和田砂でも代用できそうだと思う。排水性を良くし、減ることがない。
竹炭:以前に箱で買ったものがある。これを砕いてもいいが、安いものではないからもったいない。ショップに砕いたものを売っていたので買ってみたが、形状が均一ではなかった。それでもいい。その竹炭を土着菌培養液に漬けて孔に浸み込ませておく。微生物の棲み処になる材料だし、遠赤外線の放射もある。
ピートモス:pH未調整のものは苦土石灰などを混ぜて中性にもっていく。
ゼオライト:販売店や品質によってずいぶん価格差がある。白いものや灰緑色のものがあるが、あまり細かくないものがいい。
あれもこれも と入れ込むと、物理特性は低下する。言われているほど肥料は入れないほうがいいと言う人が増えてきた。入れすぎは腐敗の元であるし、無肥料農法も気になる。植物は本来太陽の光と水があれば生長するのだ。午後は日陰になっても、昼まで日照があれば問題ない。葉緑体が光合成を活発に行うのは光の強い朝から昼ごろまでの時間帯である。陽が傾いてくると光合成はほとんど行われなくなるからだ。光の波長の違いが光合成に決定的な影響を与えているという。
上記の配合 でつくった用土は、細かい瓦礫のようにガサガサしたものとなった。見るからに排水性も通気性もいい鉢土だ。鈴木省三さんが見たら卒倒するのではないだろうか。私は決して彼の配合を否定しているのではない。私は自分流でやってみたいだけ。
スリット鉢にバラ苗を入れ、鉢土を入れて数回に分けて灌水する。もちろん土着菌培養液を希釈したものだ。鉢底からは余った水が流れ出てくる。流出がおさまってから鉢を鉢皿にのせておくと、わずかに流れ出ている水がしだいにたまってくる。そうして数時間経過してやっと水の流出が止まるのである。
これはブナ林の落葉層のように、一旦保水しておいて徐々に余分な水を放出しているのと同じメカニズムなのだろうか。フトミミズの糞も十分水を吸い込んでいるだろうし、竹炭も水を吸い込んでいる。日向軽石の吸水量は知らないが、少しは染みているだろう。
この鉢土 にはコガネムシの好きな腐葉土はないし、嫌いな(?)竹炭があるから寄りつきもしないのではないかと楽観している。コガネムシは馬糞堆肥も大好きだから、使用しない鉢に馬糞堆肥だけを入れて囮にすることも考えている。ということは、馬糞堆肥を入れた鉢土はコガネムシを誘引する可能性があるということだ。実際にそういう話を見聞きしたことはないので、何とも言えないが。
私の考えたバラの鉢土 は、基本材料を使用しないということで噴飯ものだ。「とんでもないポット」に相応しいのはこの「とんでもない鉢土」ではないだろうか。バラ愛好家には数十鉢もの鉢土を毎年入れ換えしている人もいる。大変な御苦労だ。できれば2年に1度、鉢土の嵩が減った分だけフトミミ糞を足すという作業をするということで、楽をして花を楽しむわけにはいかないものか。
園芸本は斜め読み。書いてあることは素直に受け取らない。報道も、つい裏を読む。政府の言うことはハナから嘘と知る。自分の目で見、自分で判断する。食えないオヤジになったものだ。
今日は春のような陽気 になった。最高気温は14℃。4月である。
2つの鉢バラを外に出して灌水したら、鉢土の表面のミミ糞が崩れているのに気づいた。仙台に住んでもう20年以上になるが、こんなに寒く長い冬は初めての経験で、零下10℃近くになったかと思うとあっという間にこの春の陽気。さすがにフトミミズの糞も団粒を維持することはできなかったようだ。ほかの鉢土のミミ糞は乾燥していたせいか団粒のままで崩れていない。完璧なる団粒は存在しないということだが、赤玉土の微塵とちがってこれは腐植物だから、そのうちバラの根に吸収されてしまうだろう。
フトミミズの糞菌培養 [微生物]
たくさんのバクテリア や菌類の繁殖場所になっているフトミミズの糞には、鉢土のほかにも活用法があるだろうと思っていた。
それにはまずこの菌類を培養してみることだ。病原菌に対する拮抗微生物も含むというから、植物の生長を促進させるばかりでなく、病気の予防に有用かもしれない。
方法は2つ。米ぬかをこれで発酵させて糞菌米ぬかボカシをつくる。そして、糞菌をごはんに移してそれを黒砂糖で増殖させ、糞菌培養液をつくることだ。
糞菌米ぬかボカシ は予備実験が終了した。
125㏄の水に糖蜜を少し溶かして米ぬか500gに混ぜ込み、1リットルのフトミミズの糞(小粒)を混ぜ入れた。
朝に仕込んだものが、もう夜には温度が上がり始めた。この急速発酵にはビックリ。
翌日には40℃を超え、甘酸っぱいこうじ菌の匂いがしてきた。数日後には52℃まで上昇。蒸散した水分を補いながら切り返しなどをしているうちにアミノ酸の香ばしい匂いに変化。ここまではいつもの土着菌による発酵と変わるところはなかった。
米ぬかはやがて灰白色の菌が全体を覆うようになり、、胞子嚢が観察できた。これは土着菌米糠ボカシにはなかった展開である。やがてボカシ全体が薄い褐色の菌に変化した。胞子嚢があるからこれは酵母菌ではない。匂いは山の腐葉土を掘ったときのような土の匂いに変わってきた。ということは、最後に優勢になった菌は放線菌なのではないか。
確認する手段を持たないので断言することはできないが、ある発酵の本に「最後は放線菌にとってかわる」という記述もあるので、放線菌である可能性が高いと思っている。
フトミミズの糞菌 が米ぬかを放線菌のかたまりに変えてしまったとすると、これはどういう使い方をしたらいいのだろう。鉢土に混ぜ込むと病原菌対策になるのだろうか。こういう形になっても肥効というものはあるのだろうか。有機肥料は微生物を媒介にして植物の生長に寄与するのだから、肥効がないということはないはずだ。素人はそう信じて実行すればいいのではないか。
初回の実験では米ぬかの量を少なくしたが、近日には米ぬかの量を多くして本格的な糞菌ボカシをつくることにしている。
糞菌をごはんに 移して培養させる方法。これも予備実験は終わっている。
茶碗1杯のごはんをシンク用の水切りネットに入れ、フトミミズの糞塊の中に入れた。バルコニーに置いていたせいで、氷点下の気温の中では2週間たってもなんの変化もない。そこで室内に移して1週間後に見たら、ネットから白い菌糸が伸びて糞塊を絡め取っている。ごはんを出すと、全体が白い菌糸に覆われ、赤や黄色、緑色などの菌も発生している。ごはんを砕くと中にまで白い菌が入り込んでいた。これは土着菌はんぺんからごはんに菌を移したときと同じ景観を示している。
このことから、フトミミズの糞菌をごはんに移して培養できることが分かった。
そのときには ブナ林の落葉層の土着菌をカメで培養中だったので、その中に糞菌ごはんを混ぜ込んでみた。培養液中の菌相がより豊富になるのではと思ったからだ。しかし本当はどうなのか。微生物同士が食い合ったり、拮抗したりして、かえって種類が減少することも考えられるのではないか。考えていくほど無知の壁にぶち当たる。そんなことを指南する本はないから、素人は素人なりの仮説を立ててやってみるほかはないのだ。
フトミミズの糞に繁殖 している菌類がごはんに移ったのは確かだろうが、それはたくさんの菌類の中のほんの一部の菌だろう。その一部の菌のほとんどはこうじ菌だと考えている。こうじ菌には色とりどりの種類があるからだ。ごはんに移し取る菌の種類にはかぎりがある。それなら、糞そのものも入れて黒砂糖で発酵培養させたらどうか。そうすれば菌の種類も少しは増えるだろう。たくさん存在する土壌微生物の中でも人間が培養できるものはほんのわずかだと言われているから、増殖していくものはほんのわずかの種類に過ぎないことは分かっている。
フトミミズの糞菌培養液ができれば、あるいは土着菌培養液とは違う用途で活用できるのかもしれない。例えばそれはベト病や黒点病、あるいはうどん粉病などの治療・予防のための葉面散布にどうかといったことだ。しかしどう見積もっても乳酸菌以上の効果があるようには思えない。それなら癌腫を削り取ったところに塗ってみてはどうか。結果的に土着菌培養液と変わるところはないのかもしれないが、そう空想してみるだけで楽しめるのである。
この糞菌培養液も、近日つくるつもりだ。
ぼんやり しているとき、あるいはうたた寝をしているとき、イメージがそこに集中することがある。覚醒時とちがって飛び込んでくる些末なものに注意力が拡散することなく、想念が意識のうちに広がっていく。そうしているうちに、閃くことがある。思わぬアイデアが浮上し、バラバラだったものが一挙につながることがある。
電車に乗っているときにも、あるいは何かをじっと待っているときにも、ボーッとしている時間がとても大事なのではないか。常にケータイを手にして指を動かしている若者を見ていると、ある意味で、想像力がスイタイに向かいつつあるような気がしてならない。






